マイファーストこけしって?

こけし界では、初めてお迎えしたこけしのことを「マイファーストこけし」と呼びます。

こけしを収集している人たちにとって、マイファーストこけしは思い入れが深いものです。
ここでは、私のマイファーストこけしのエピソードを紹介します。

私のマイファーストこけしエピソード

なぜ私がこけしに興味を持ったか

時は2016年、当時私は地元・宮城県について調べることが楽しくて楽しくて仕方ありませんでした。
そんなある日、宮城県について調べているうちに、とある疑問が思い浮かびました。

あれ?私宮城県民なのに、家にこけしがないじゃないか?

はい。自分でも本当に謎な疑問です。
しかし、秋田生まれ宮城育ちの生粋の東北人なのに、一人暮らしのアパートにはおろか、核家族ゆえに実家にすらこけしはありませんでした。

しかし、宮城県の伝統こけしは国の伝統工芸品に指定されていることや、難関検定としてひそかに恐れられる宮城マスター検定にもこけしの系統にまつわる問題が出たことがあったため、宮城県民としてこけしの最低限の知識をつけておいた方がいいのでは?と思いました

そんな思いを胸に、単身鳴子温泉に向かいました。

鳴子温泉で迷い込んだ隠れ家的こけし屋さん

パンフレット片手にどのこけし屋さんがいいのか迷いに迷いました。
フラフラと鳴子の温泉街を1~2時間ほど徘徊した末、とある小さなこけし屋さんにたどり着きました。
それが大沼こけし店さんとの運命の出会いでした。

店内にはおじいさんが座っていて、快く出迎えていただきました。
ところが、私はお医者さんお墨付きのコミュ障!!
私は緊張のあまり無言で店内をずっときょろきょろしていて、間違いなくおじいさんを戸惑わせました。
そんな私を見かねたのか、おじいさんはこけしは実際に触って選ぶとよいと教えてくれました。

そうして悩みに悩むこと30分(おじいさんごめんなさい)、こんな愁いを帯びた微笑の、やさしこけしちゃんを連れていくことに決めました。
また、胴体に描かれた車菊は大沼家特有の模様だと教わったため、せっかく大沼こけし店に来たのだからと記念に選びました。
これが、私のマイファーストこけしです。

マイファーストこけしちゃん。おじいさんの息子さん・大沼秀顯工人作。

その後知った情報ですが、そのおじいさんの正体は(当時)鳴子の長老で、鳴子こけしの正統派後継者と名高い名工・大沼秀雄工人でした。

いきなりすごい人と話してしまったぜ…

その後

その後残念ながらこけしは特に集めることはなく、マイファーストこけしはテレビ横に飾っていました。
陽のあたる場所に置いていたので、大分日焼けしちゃいました。
こけし愛好家の皆さんには怒られそうですね。

こけしを本格的に集め、愛するようになったのは2年後のことです。

まとめ

マイファーストこけしの影響は今もおおいに受けています。
こけしを愛し集めるようになってからも、小鳥が初めて見たものを親だと思うように、こけし=大沼家のこけしと脳内に刷り込まれました。
大沼秀顯工人のこけしちゃんは9本ほど持っていますが(2024年7月現在)、一番思い入れのある子は間違いなくこの子なのです。

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